徳川家康:徳川家康の遺言とはどんなものだったのか

徳川家康の遺言といわれているものは、次の四つのようなことです。
一、遺体は駿府城の近くの久能山に埋葬すること
二、葬儀は江戸の増上寺で行うこと
三、位牌は三河の大樹寺にすること
四、一周忌を過ぎた後に、日光に堂を建てて守り神とすること
などでした。天下を取った徳川家康としてはなんともつつまし気な感じもする遺言ではありますが、これを守って三大将軍家光は日光東照宮を建立しました。
ただ、家康としては小さいお堂を建ててと遺言していたつもりだったのですが、家康好きの家光としては出来るだけのことをしてあげたかったのでしょう。なんとも豪勢なものを作ってしまいました。これが家康の望みにかなっていたかどうかは分からないのですが、天下を治める徳川の威厳というものも考えれば、こうしたことになるのかもしれません。家康は神となって祭られることとなったわけですが、これは単に家光が家康に恩を感じていて、おじいちゃん子だったというだけではなく、日本に古くからあるご先祖様を大切にするという考え方の現れでもあるともいえるでしょう。ただ、当時の政権がこれに絡んでいるので、いろいろといわれることもありますが、基本的なところはご先祖様を敬うということです。

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