「英傑三国誌伝」にでてくるソテツのあるお寺「妙國寺(堺市堺区)」

妙國寺(堺市堺区)のソテツは英傑三国誌伝に描かれています。織田信長によって安土城に移植され、激怒した信長がソテツを切ったところ血が流れたことで、気味が悪くなり寺へと返された逸話があります。その妙國寺(堺市堺区)は、大阪市の南、堺区にある日蓮宗の本山で、幕末の土佐藩士切腹で堺事件としてゆかりある寺でもあります。寺内にあるソテツ「大蘇鉄」は国の天然記念物でもあり、堺のシンボㇽともなっています。樹齢は1,100年を超え織田信長の逸話などは「蘇鉄の伝説」としても伝わっています。また蘇鉄だけでなく、お寺の庭園も堺市の指定文化財になっており、蘇鉄を取り囲む石組みの風景は見事で珍しくもある組み合わせは、回遊式枯山水庭園と言われます。妙國寺は日蓮宗の僧侶が開いたとされ、庭園以外でも千利休が寄与した六地蔵灯篭や瓢箪型手水鉢などもあり、慶応4年に堺港に上陸したフランスの軍艦兵に対し土佐藩士が阻止を企みフランス兵を数十名殺傷し、切腹したことで、「とさのさむらいはらきりのはか」の刻まれた石碑も有名です。また相州鍛冶の祖である新藤五の短刀銘や備前長船住長義の脇指も重要文化財として、堺市博物館に保管されています。

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