徳川家康:正室2人、側室16人以上?の子だくさんパワー!

江戸幕府を開いた徳川家康。その正妻や側室の数は意外と知られていません。では何人いたのかといいますと、正妻が2人、そして側室はなんと16人以上?存在していたのです。

当時の大名には、後継ぎを産むために側室がいるのが当たり前ではありますが、この数は群を抜いています。

徳川家康の最初の正妻である『築山殿(つきやまどの)』は、今川義元の親戚にあたり、家康が今川家で人質時代を送っていたときに正室となりました。長男信康を産んでいますが、織田信長の命によって信康ともども家康により殺されてしまいました。

二人目の正室である『朝日姫(あさひひめ)』は豊臣秀吉の妹であり、これは完全な政略結婚。子供を授かることはありませんでした。そのかわり、家康は16名もの側室を持ち、多くの子供を授かっています。

二代将軍秀忠も側室が産んだ子供です。この多くの側室の中でも家康に寵愛されたのが『阿茶局』です。彼女は家康の子供を産むことはありませんでしたが、家康からの絶大なる信頼を勝ち得ていました。

彼女は1614年の大阪冬の陣では豊臣方との和睦交渉の大役を任されるほどでした。彼女は側室というよりも家康の参謀と言えるような立場の人だったのです。

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