榊原康政は、三河武士の伝統を受け継ぐ武将であり、徳川家康を内政面で支えたことで有名です。徳川四天王や徳川十六神将の一人であり、後には上野館林藩10万石の大名として、東毛地域の発展にも貢献しました。
榊原康政は祖父の時代から徳川家に仕えた家系で、1560年には徳川家康と運命的な出会いをして、生涯にわたって支えることになります。1563年の三河一向一揆の戦いで初陣を果たし、徳川家の中で出世街道を突き進むことになりました。初期の時代には徳川家康からの偏諱によって、康政と名乗ることが許されました。
その後は姉川の戦いや長篠の戦いで功績を残しますが、小牧長久手の戦いの奮闘は特に名高く、後世まで伝えられる戦になっています。1590年には徳川家康の江戸入府に従って、本拠地を関東に移しています。1600年の関ヶ原の戦いでは徳川秀忠に従って参戦しますが、上田城で真田軍の猛攻を受けて、遅参する事態になりました。
晩年は不遇なこともありましたが、自らの領地では治水や土木の分野で能力を発揮し、内政面では石高の増加に貢献しています。利根川東遷事業を語る場合でも、榊原康政の功績は大変に大きいもので、江戸の下町を水害から守るためにも欠かせない存在でした。