徳川家康は、静岡と深い関わりがあります。浜松城は、静岡県浜松市中区にある城跡で、16世紀の初めに今川貞相によって築城されたと言われています。元は斯波氏が支配していた土地ですが、1514年、抗争に勝利した今川氏の支配下となり、領地内に曳馬城として築城されたのが最初です。
1568年には徳川家康によって攻略され、武田氏の侵攻に備えるべく1570年に拡張を実施、地名を浜松に改めると同時に、曳馬城は「曳馬」が戦に敗れることを連想させるため、浜松城へと改名しました。城主を務めた人の多くが出世したことから、「出世城」とも呼ばれています。
徳川氏の勢力増大もあり、徳川家康は1586年に駿府へと移り、築城したのが駿府城です。元は武田氏の領地でしたが、1582年に武田氏が滅んだことで徳川氏の領地となっていました。駿府城の築城は松平家忠が担当しましたが、1590年には権力を握っていた豊臣秀吉の領地になり、家康は一旦江戸へ国替えとなりました。
しかし、関ヶ原の戦いによって天下人となった徳川家康は、隠居した際に大御所として再び駿府の地に戻り城主となりました。徳川家康は1616年に亡くなりましたが、以降も徳川氏によって守られ、現在は資料館としても公開されています。