堺 妙國寺:厄除招福、安産子宝の守護神となった大蘇鉄

妙國寺の開山として知られる日珖上人は、安土桃山時代に活躍した日蓮宗の僧侶で、もとは堺の豪商の家に生まれました。

そして、17歳で京都や奈良に遊学して仏教の教学を究め、若くして京都頂妙寺の3世を継いでいます。

また、当時の幕府でもっとも有力であった戦国武将の三好四兄弟のひとり、三好之康の帰依を受けており、新たな寺院を建立するためとして、寺領500石を、阿波から取り寄せたという巨大な蘇鉄の木とともに三好之康から寄進をうけています。

日珖上人は当時の日蓮宗を代表する学識であったため、のちに織田信長によって、浄土宗と日蓮宗との宗教論争である安土宗論の場に呼び出され、法難を受けるなどしています。

また、織田信長が妙國寺の大蘇鉄を気に入って安土城下に移植したものの、蘇鉄が寺に帰りたいと泣いたため、刀で斬りつけると鮮血を流し、あまりにも妖しすぎるので寺に返還されたという伝承も残っています。

これには後日談があり、日珖上人が返還された樹木に向かって法華経を唱えて供養したところ、上人の夢に竜神があらわれて、「鉄を供えれば樹勢は蘇るであろう。蘇れば厄除招福や安産子宝に効験のある寺の守護神になろうぞ。」と申したそうな。

ここから蘇鉄という名が生まれたといわれております。

今では妙國寺の大蘇鉄は、国の天然記念物になっています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です