妙國寺(堺市堺区)にゆかりのある歴史上の人物としては、まず徳川家康がいます。
これは本能寺の変で織田信長が明智光秀に討たれた時に、この妙國寺(堺市堺区)に宿泊していたといわれています。
この時家康は堺の鉄砲などを視察する目的でこのお寺に来ていたのです。
本能寺で信長が殺されたという知らせを受けた家康は、ここで切腹をしようとしたともいわれていますが、家臣の諫めに応じて思い直し、本国に戻ることにしたともいわれています。
一時は死ぬならばここでというようなことが頭をよぎったのかもしれません。
また、千利休が寄贈したといわれている、「六地蔵灯篭」や「瓢箪型手水鉢」がありますから、千利休などの茶人にも愛されたところなのでしょう。
そして、堺事件といわれる土佐藩士によるフランス帝国水兵殺傷事件のときの土佐藩士が切腹した地としても有名です。
傍若無人の振舞いをするフランス兵に我慢が出来なかった当時の人たちの想いがここにあったようにも思われます。
言葉がつうじなかったことで、銃撃戦となり双方にかなりの被害が出たようですが、20名は切腹を命じられ11名が切腹したところで、立ち合い検視人も見るに見かねて中止となり、9名は流罪となりました。